
2026年7月28日、熊本県で最大震度7を観測する「令和8年熊本地震」が発生した。2016年の熊本地震から10年。再び大きな揺れに見舞われた地域では、発災直後から多くの人が復旧に向けて動き始めている。
大きな地震が発生すると、ニュースでは消防や警察、自衛隊などによる救助活動が大きく報じられる。その一方で、被災地では建設業界も動き始めている。
道路をふさいだ土砂やがれきを撤去し、寸断された道路やライフラインを復旧する。被災した建物の安全を確認し、修繕や応急仮設住宅の建設を進める。こうした現場での作業と並行して、行政や業界団体、建設会社の間では被害状況を共有し、必要な支援や復旧につなげるための連携も始まる。
では、大規模な災害が起きたとき、建設業界はどのように動き、地域の復旧を支えているのだろうか。2016年の熊本地震や東日本大震災、能登半島地震など、これまでの災害時の対応も振り返りながら、復旧の現場を支える建設業界の動きと役割を見ていきたい。
1. 地震発生。そのとき建設会社も被災している
大規模な地震が発生したからといって、建設会社がすぐに復旧作業へ向かえるとは限らない。建設会社もまた、被災地域で働き、暮らす人たちの集まりだからだ。
まず行われるのは、社員やその家族の安否確認、自社の事務所や施工中の現場、重機・資機材などの被害状況の確認である。ゼネコンなどでは災害対策本部を立ち上げ、各地から集まる情報を整理しながら、支援や復旧に向けた体制を整えていく。
東日本大震災では、その厳しさが数字にも表れている。国土交通省国土技術政策総合研究所が地域建設会社を対象に行った調査では、被災3県で回答した企業の約6割が、自社の建物や社員、施工現場などに何らかの被害を受けていた。岩手県・宮城県の沿岸部では、その割合は8割を超えている。
それでも、地域の復旧に向けた動きはすぐに始まっていた。被災後に支援活動を行った企業のうち、90%は発災翌日までに、95%は翌々日までに活動を開始している。自らも被災するなか、多くの建設会社がほとんど間を置かず、地域の復旧へと動き出していたことがわかる。(※)
2026年の熊本地震でも、発災直後から建設会社は対応に乗り出している。鹿島建設では、地震発生後に災害対策本部を設置し、社員の安否、施工中の現場、過去に施工した建物などの被害状況を確認。また、日本建設業連合会(日建連)九州支部へ社員を派遣するなど、情報収集や復旧支援に向けた対応を進めた。(※)
つまり、建設会社の災害対応は、被災地へ重機を送り込むところから始まるわけではない。自らも被災するなかで人や現場の状況を確認し、「どこで、何が起きているのか」を把握することが、復旧への最初の一歩になる。
※ 東日本大震災における建設関連企業の活動実態調査-被災地の支援・復旧に向けた初動の記録- 地域建設業の活動実態調査|国土交通省 国土技術政策総合研究所 総合技術政策研究センター
https://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0729pdf/ks072906.pdf
※ 令和8年熊本地震への対応について|鹿島建設株式会社
2.なぜ、すぐに動けるのか?
被害状況が少しずつ明らかになると、次に必要になるのが、「どこに、誰を向かわせるのか」「どんな重機や資材が必要なのか」を判断し、実際の復旧につなげることだ。しかし、大規模な災害が起きてから一から協力先を探していたのでは、迅速な対応は難しい。
そこで重要になるのが、行政と建設業界が平時から築いている連携体制だ。そのひとつが、災害時の支援や復旧についてあらかじめ取り決めておく「災害協定」である。
2016年の熊本地震(4月14日・16日)では、熊本県建設業協会が発災直後から災害対策本部を立ち上げ、関係機関と連携しながら対応にあたった。各支部でも発災後すぐに連絡体制を確保し、道路や河川などの点検・安全パトロールを開始。道路の陥没や亀裂の補修、崩落土砂やがれきの撤去など、各地で応急復旧が進められた。
こうした活動を支えたのが、平時から結ばれていた協定だ。九州地方整備局の記録によると、発災後は各振興局と熊本県建設業協会の支部との協定に基づいて支援活動が行われ、4月19日からは熊本県と協会本部との基本協定に基づく支援も始まった。県からの要請を受け、協会本部では被害の少なかった地域の支部に対して、被災地での支援に参加できる会員企業の確認も行っている。
さらに、全国規模の建設会社が加盟する日本建設業連合会(日建連)の九州支部も災害対応にあたった。NEXCO西日本や九州地方整備局などからの要請を受け、高速道路の復旧や阿蘇大橋の現地調査、宇土市役所庁舎への技術者派遣など、さまざまな支援を行っている。(※)
災害が起きてから突然、こうした連携が生まれるわけではない。行政や業界団体、建設会社が平時からつながり、役割や連絡体制を整えているからこそ、非常時にも迅速な対応へ移ることができる。発災後のスピードを支えているのは、災害が起きる前からの備えなのである。
※ 建設業団体の活動状況について(5/17まで)|国土交通省 九州地方整備局
https://www.qsr.mlit.go.jp/content/900005280.pdf
※「平成28年熊本地震」に伴う全国建設業協会 及び各県協会の対応について|全国建設業協会
https://www.zenken-net.or.jp/wp/wp-content/uploads/97d54e0e99a6e73a0ac6dc62f54524f51.pdf
3.道路、ライフライン……復旧はつながっている
災害時の復旧は、ひとつの工事だけで完結するものではない。道路を通れるようにすることは、救助や物資輸送だけでなく、水道や電力、通信などのライフラインを復旧するためにも欠かせない。
2024年の能登半島地震では、発災翌日から幹線道路の応急復旧が始まり、日本建設業連合会(日建連)も道路啓開などの緊急復旧に従事。約2週間で、半島内の幹線道路の約9割が緊急復旧された。一方、道路上に倒れた電柱や電線の撤去には電線管理者との連携が必要になるなど、道路だけでは解決できない課題も生じた。
国土交通省も、能登半島地震を踏まえ、水道や電力、通信などの復旧速度は道路ネットワークの機能に左右されるとして、生活インフラの事業者や行政機関とのさらなる連携が必要だと指摘している。 (※)
道路を開き、その道を使って人や資材が入り、ライフラインを戻していく。ひとつの復旧が、次の復旧につながっていく。災害時には、さまざまな分野が連携しながら地域の機能を取り戻していくのである。
※ 能登半島地震の道路啓開・復旧状況|国土交通省
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001758735.pdf
4. 住まいを整え、「暮らし」を取り戻す
道路やライフラインの復旧が進む一方で、被災した人たちの暮らしを取り戻すための動きも始まる。被災した建物の修繕や再建、住まいを失った人のための応急仮設住宅の建設など、ここでは建築の仕事も大きな役割を担う。
2026年の熊本地震でも、被災地ではすでに建設型仮設住宅の整備が進んでいる。8月18日には甲佐町で初めて建設に着手。軽量鉄骨造・平屋建ての7棟20戸を整備し、10月上旬の入居開始を予定している。この場所には、2016年の熊本地震でも仮設住宅が建てられていたという。 (※)
また熊本県では、発災当日の7月28日に、被災した建築物の応急修繕や仮設住宅などを速やかに進められるよう、一定の条件下で建築基準法上の制限を緩和する区域を指定した。(※)道路やライフラインだけでなく、住まいを確保するための仕組みも、発災直後から動き始めている。
災害からの復旧は、道路が通り、電気や水道が戻れば終わりではない。その先に、人が再び暮らせる環境をつくる仕事がある。緊急対応から生活再建へと段階が移っても、建設業の仕事は続いていく。
※ <2026年熊本地震>甲佐町で初の仮設住宅 熊本県が整備着手|熊本日日新聞
※ 令和8年熊本地震に伴う応急仮設建築物の取扱いについて|熊本県
5. 平時も災害時も、地域を支える“守り手”として
大規模な災害が起きたとき、建設業界が担う役割は幅広い。被害状況を確認し、行政や業界団体と連携しながら、道路やライフラインを復旧する。さらに、被災した建物の修繕や再建、応急仮設住宅の建設など、人々の暮らしを取り戻す過程にも関わっていく。
こうした対応を支えているのは、災害時だけの特別な力ではない。道路や河川、建物などをつくり、維持し、日頃から地域を支えている。その土地を知り、技術や人材、重機を持つ建設会社が各地に存在し、行政や業界団体との連携を積み重ねているからこそ、非常時にも迅速な対応が可能になる。
国土交通省も、建設業を、社会資本の整備や維持管理を担うとともに、災害時には応急復旧などに対応する「地域の守り手」と位置づけている。
地震は、いつ、どこで起こるかわからない。災害時に見える建設業界の動きは、決してその瞬間だけで生まれるものではなく、平時から続く仕事や地域とのつながりの延長線上にある。地域に建設業が根付き、日頃から地域を支える仕事と連携が積み重ねられていること。それが、いざというときの迅速な対応にもつながっているのだ。


